永井 塁(ながい るい)

  • お笑い芸人
  • ホリプロコム笑売塾6期生
  • 実況ものまね、歌ものまね

Q&A

  • 永井 塁さん1

    Q1.「栃木に浅草を創る」というプロジェクトについて教えて下さい

    田舎には田舎の良さが。そんなことをずっと考えていました。だから静かで住みやすくて、充分なのではないかって。でも実際聞こえてくるのは、「お店が減っていくね。」「おとなしくて元気がなくなった。」という年配のみなさんの声でした。やっぱり元気で活気がある街を求めていると強く感じたんです。

    ただそれでも、高層ビルが立ち並び、おしゃれなお店が軒を連ね・・という都会的なものは、下野市、特に石橋においては違うのでは。とも思っていたんです。
    田舎の活気と都会の活気の差は?それが、「和」の存在だったんです。お祭りなど田舎の和の活気は、心地よく受け入れられる賑やかさだと思うんです。

    では、その和をコンセプトに自分がやれることとは?
    「和+笑い=寄席」という構図が出来上がりました。 そして「寄席+活気=浅草」、ここから、「栃木県に浅草を創る」というテーマが生まれたんです。 田舎のよさを残しつつ、活気を与えつつ、人々に愛されるものを創りたい。そんな思いから、下野の国に、浅草に負けない寄席の文化を創るために、笑い場しもつけ~栃木県に浅草を創る~は生まれました。

  • 永井 塁さん2

    Q2.下野市にUターンした理由は?

    都内で当たり前のように下積みをしていた時、体を壊して漫才ができなくなった期間がありました。
    がむしゃらに10年近く漫才と向き合ってきた中で、何も出来ずに天井を見上げている布団の中でふと、本当に自分がしたいことは何なのか、考える時間をとることが出来たんです。そんなときに、下野市石橋にある高山春吉商店の高山社長から、100周年記念パーティーの司会をして欲しいというオファーがありました。その時は、「久々の栃木県で久々にちゃんとお給料のいただける仕事」という事実に、ただただ喜びを感じていただけでした。
    でも、パーティーが終わり、地元の方々とふれ合っているうちに、「この故郷には間違いなく、自分がやるべき、そしてとてもやりたい仕事が存在している」と思ったんです。
    その司会の仕事の帰りに実家に寄って、「俺来月からこっちに戻ってくる」と親に告げました。あっという間の決断。その時は深い意味はなく、直感的に戻るべきだと強く感じました。

  • 永井 塁さん3

    Q3.下野市との関わりは?

    「笑い場しもつけ~栃木県に浅草を創る~」で、常設の寄席小屋の設置を目標に、定期的な寄席の開催をしています。下野市にはその総本山となる寄席を設置し、特に年配の方々が電車などの長い移動時間をかけずに寄席(笑い)を楽しめるようになることが目的のひとつです。また、ザ・たっちさんの存在もありますので、青年部として開催しているしもつけお笑いグランプリという新コンテンツとも合わせて、下野市を北関東の「笑いの街」に出来れば、これ以上の幸せはありません。

  • 永井 塁さん4

    Q4.今後はどうなっていきたいですか?

    とにかくまずは、「どの現場でもお客様に喜んでもらえる芸人」になることを目標としています。漫才師、コント師という枠にはこだわらず、誰もが楽しめるエンターテイメントステージを展開できるよう仲間を増やして、最終的にはサーカスの様なエンタメの形を作り上げることが理想です。
    まずは県内のみなさんに認知してもらい、その認知度を使って「笑い場しもつけ」というコンテンツを文化にし、その地方での成功を持って、都内にチャレンジ。全国的知名度を得て、また地元に還元というのが最高の結果です。
    特に、このネタ番組に。このバラエティー番組に。というのはなく、地元で本当に意味のある活動を、間違いのない芸で続けていけば、自ずと結果に結び付いていくと考えています。

  • 永井 塁さん5

    Q5.野望に向けてどんなことを今現在行なっていますか?

    前に述べたプロジェクト、野望を、より栃木県全土に広げていくために、「シモツケの路上漫才放浪記」と題して、栃木県全市町を路上ライブで回る活動をしています。
    また、現在は月に一回稽古の様子を公開する、「シモツケの公開稽古」を開催し、お笑いの文化をより身近なものに感じてもらうことで、全てのプロジェクト、歩みに繋げていこうと試みています。

  • 永井 塁さん6

    Q6.地域メンバーとの関わりは?

    地元の商工会さん、商工会青年部の先輩方、その他しもつけフェスティバルの実行委員の先輩方、その他地元の諸先輩方は、本当に無くてはならない存在です。
    自分自身青年部に所属していまして、またしもつけフェスティバルも会議から参加させていただきました。
    芸人、タレント、という枠ではなく、下野市で芸能を仕事にしているお兄ちゃんが、地元の人と一緒に楽しいことを展開していく。それが、東京の、プロモーションを中心とした芸能のシステムとは違う、下野市ならではの楽しさと強みだと思います。

  • 永井 塁さん7

    Q7.下野市を盛り上げていきたい思いを語ってください

    下野市を盛り上げる方法は皆違いますが、本当に全てが必要なピースで、お店を出している方、行政で働いている方、ライフラインを整備する方。子供たちに知恵を与える方。まだ未熟な自分が、先輩たちと違う形でこれから何ができるのか考えれば、やはり、「喋る」「伝える」「企画する」だと思うんです。
    これからも、下野市を盛り上げるために、たくさんの喋り、熱を伝えて、市民を笑顔にする企画をどんどん進めていけるように、人間力も芸も向上できるよう、精進していきたいと思っています。